初めての海外旅行  埼玉大学教育学部附属中学校 二年 斎藤 絵美

    幼い女の子が,お金をねだってきた。裸足で髪はボサボサ、かわいそうなくらいやせている。私は一瞬戸惑った。でも、私がこの子にしてやれることはお金を恵んであげることしかない。

 これは、ネパールへ行った時の出来事だ。父が仕事でネパールへ行っていたので、私たち家族も数日間観光することになった。初めての海外旅行が発展途上国、全てがショッキングだった。中でも一番印象的な思い出となった出来事だ。

 この時女の子にお金をあげていれば、話は簡単だった。ところが、

「かまわないで車に乗れ」

と、父がそれを止めたのだ。お金といってもたったの一ルピー、日本円にして約二円だ。それをあげることのどこに不満があるというのか。私は、納得がいかないままその場を離れた。貧しい子供の役にたつチャンスだったのに、父はなんてケチなのだろう。女の子のすがるような目が頭から離れない。

 その後、父は私に言った。

「自己満足のための援助ではいけないんだ。」

 私はその言葉にショックを受けた。辞書によると「自己満足」とは自分のしたことに満足すること。私はただ女の子のためにできることをしよと思っただけなのに、どうしてこんなことを言われなければならないのだろう。反感を持った私は、「自己満足」についてよく考えてみた。

 でも、なかなか難しい。いろいろ考えても、お金をあげようとしたことと「自己満足」との関係がよく分からない。そんな時、テレビ番組で重油流出事故のボランティア活動を見た。すくってもすくっても重油が押し寄せてきてきりがない。私は、その番組を見て思った。ボランティアは大変な時間と労力を費やさなければ達成できない。それに比べ、一ルピーあげることはなんて簡単なのだろう。苦労せずに相手に感謝してもらえる、その満足感が「自己満足」なのかもしれない。自分は豊かであるという優越感へつながり、援助することが安易なことに思えてしまうのだ。

 恵まれない人たちの気持ちも大して分からないまま、お金だけあげて助けたように思う事自体がいけないのだ。かわいそうな人だなあ、と思ってなにかを与えるだけでは「哀れみ」になってしまう。人事だとは思わずに、親身になることが大切なのではないだろうか。他の国の人、特に貧しい人々の心を知るには、彼らと生活してみるしかない。そこにはたくさんの苦労があるだろう。でも、本当に相手が望んでいることを理解して初めて「国際協力」をする段階に来るのだ。

 今度ネパールへ行く機会があれば、あの子たちが何を望んでいるのかを見定めてきたいと思う。