●私にとっての平和●

「争いがなくなること」=平和ではありません。

私は国籍も育った環境も話す言葉も宗教も全く違う人を愛し、生涯の伴侶と決めました。しかしその人との生活の中で争いは絶えません。

なぜか?

それは「お互いを思う気持ち」があるからです。気持ちの中身はすごく他愛のない「嫉妬」であったりもします。たとえどんなに愛し合った二人でも争いは絶えない、時には殺しあってしまうこともあります。人間の悲しいサガです。

私にとっての平和は911のテロ以来、あーだったりこうだったりで答えがありません。強いて言うなら平和は祈りの中にのみ存在する「まぼろし」です。「世界が平和でありますように」と唱えればまるで平和な世の中が垣間見れるようですが、そんなものまぼろしです。

アメリカがイスラム圏を攻撃するのは私には嫉妬に見えます。歴史的にも文化的にも日の浅いアメリカが、ゆるぎない生活をおくり心も体も正しく生きようと勤める宗教を持つ国々とその力を恐れているように見えます。イスラ教では、対立が起こったらまずはとことん話し合え、と説いているようです。しかし現実はイスラム国家に国際的な立場で発言する機会はあまりに少ないのです。毎日テレビをつけてもネットで検索しても、イスラム教の国からの発信はめったに見られません。
だんないわく「アメリカは世界の歴史を一冊の本にしたい」そうです。自分達の管轄するレコードにまとめたい。かたやイスラム教では「本は各自の中にある」と。悲しいかな、真っ向から対立する二つの意見ですが、これを乗り切ったとき、もしかすると「まぼろし」の平和が見えてきそうな気がします。

ところで私にとっての平和ですが、漠然と「へーわだなー」と感じるのは買い物をしているときです。どっちが安いかとかこっちの果物のほうが新鮮だとか、選んでいるときです。世界のどこかでは自分の息子と同じ年の子供が飢餓で死んでゆくのに。

基本的に日本は平和な国です。ここにいるとその実感は薄れますが、仕事にしろ遊びにしろ生活にしろ、あまりに平和です。私はそのことにずっと気づかずに生きてきました。それ自体が平和な証拠です。私は生まれてこの方、3回しか葬式に参加しておらず、結婚式には3回以上参加しています。年齢的なこともありますが、なくなった方の中に「戦死・餓死・殺された」方はいませんでした。きれいな遺体がきれいな箱に入りたくさんの人がお別れに来てました。

幸せと平和は近いところにあります。両親がいてごく普通に生まれ食べ物や学校もあり愛する人に出会い結婚し自分の家族を持つ。私は幸せです。しかし、平和となるともっと何か相互作用が必要な気がします。手っ取り早く言えば「手をつなぐ」ような。恋愛のようなドキドキだけじゃなくて、どんなに憎しみあう人とも手をつなぐことができたら。それは平和かもしれない。

英会話を習い始めたとき、ある先生が挨拶について教えてくれました。先生いわく、日本人は握手の手が弱い。その先生の言ったとおり、だんなのいるベルリンでは人に会うたびに握手の手が「むぎゅーーーーーーーっ」と強いのです。負けないように握りかえしますがたいてい負けます。握手と同じく、ありがとうとごめんね(すみません)が上手にいえないとのことでこれも実感しています。日本では始めましてのときに握手する習慣はあまりなじみないのでこれからは日本で握手をはやらせてみたいなと思います。はじめは照れくさいですが、友人やその家族などなるべく身近なところからはやらせていきたいです。単純だし、全く根付かないかもしれませんが、平和運動として。

余談ですがうちの息子(もうすぐ2歳)は小さな便器でうんちふんばる時に私の手を求めます。ぎゅーっとにぎります。何か怖い時にもぎゅっと私の服や腕などを握ります。今思えば、生まれてくる赤ん坊はみな手をぎゅっと握っいますね。手を握る、何かをつかむのはとても特別なことです。私は幸いにもにくったらしい!という友人や知人はいませんが、とにかく自分の一番嫌いな人とも手をつなぐことができればいいなと思います。全く相容れない主義主張を持つ人とも手をつないだら何か生まれるかもしれないからです。もちろんその時にはこんちくしょーというほどぎゅっと握ってやりますが。

最大のピンチはある意味、最大のチャンスです。世界情勢も日本経済も目には見えにくいようですがかなり最大のピンチにたたされています。中原中也という若き詩人は「アメリカとそれ以外、地球が真っ二つになったらアメリカじゃないほうに行こう」というような詩を書いていました(正確な抜粋ではありませんが)。私も若いときには「ふーん、そうだな」なんて共感したものですが実際、地球は真っ二つにできませんし、アメリカかそれ以外だけでもありません。私の息子は日本国籍を持つ日本人ですが彼の中にはベンガル人の血が流れています。息子よりももっと複雑に何カ国もの混血の人にも出会ってきました。その誰もが等しく父母から生まれ死んでゆくのです。お金持ちだったり貧乏だったり、よい教育が受けられたり道端で物乞いしたりしながらも皆生きています。一人でも多くの人と手をつなぎ、しかもなるべくなら敵対する意見を持つ人の中に入り自分の意見を述べること、相手の意見を聞くこと、そしてともに平和を祈ること。私一人の力はあまりに小さく、かといって大きな力に訴えかける手段もない。
でもこのピンチをみすみす見逃すわけにはゆかないと思います。
「火事場の馬鹿力」もう後はないと思って大きなチャンスに変えることができるよう、官僚や政治家にまかせっきりにしないでも世界をかえることはできるのではないでしょうか。


皆さんの意見を伺ったり、討論したかったのですが、再び遠くから一方的な意見だけの提出で大変恐縮です。本日の成果を掲示板や日常生活にいかしてゆけるよう、継続的なプログラムが組まれている事と思いますのでいつかは参加したいと思います。
いつもお忙しい中、遠くの私にまでお気遣いくださる藤本さん、カビールさんに感謝しています。バニヤンツリーとの出会いも私を大きく変えた事件です。これからもよろしくお願いします。

竹内宏美